ニワゼキショウが咲いています

高さ10~30cm、径約1.5cmと小さな花をつけています。

花色はムラサキ、白紫といろろいですが、中心は黄色です。

葉は根元から出て線形、果実はさく果です。
名前の由来は庭に生え、葉がセキショウに似ることから付けられました。
科属:アヤメ科ニワゼキショウ属
学名:Sisyrinchium rosulatum
和名:ニワゼキショウ
ニワゼキショウ(庭石菖 Sisyrinchium rosulatum)はアヤメ科ニワゼキショウ属の一年草。
日本では S. atlanticum の学名があてられることも多いが、誤りである。北米に生息する本来の S. atlanticum は多年生で、雌しべが花被より長いなど、日本のニワゼキショウとは異なる特徴をもっている。
日本に普通みられるものは、テキサス州を中心に分布する多型的な種である。従って、明治時代に観賞用として北アメリカから輸入されたものが野生化したのではなく、本来雑草的な種が帰化植物となったものである。
芝生や草地などに群生している。花期は5~6月で、花色は白、赤紫で、青味がかったものはオオニワゼキショウとの雑種。花は、受精すると、一日でしぼんでしまう。
ニセアカシアが満開です

きれいな花が咲き、観賞用として価値が高いことから街路樹や公園にも植えられるニセアカシアですが、以下のような曰くがあります。


明治期に日本に輸入された当初は、このニセアカシアをアカシアと呼んでいた。後に本来のアカシア(ネムノキ科アカシア属)の仲間が日本に輸入されるようになり区別するためにニセアカシアと呼ぶようになったが、今でも混同されることが多い。
たとえば、札幌のアカシア並木も、アカシア蜂蜜として売られているものも、西田佐知子のヒット曲『アカシアの雨がやむとき』、石原裕次郎のヒット曲『赤いハンカチ』や北原白秋の『この道』に歌われる“アカシアの白い花”や、2000年代に入ってからは松任谷由実の『acacia (アケイシャ)』やレミオロメンの『アカシア』もすべてニセアカシアを歌った曲である。
科属:マメ科ハリエンジュ属
学名:Robinia pseudoacacia
和名:ハリエンジュ(針槐)、英名:Locust tree
園芸分類:落葉低木、花期:4~6月、原産地:中国
ニセアカシア(学名:Robinia pseudoacacia)は北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木。
和名はハリエンジュ(針槐)。日本には1873年に渡来した。用途は街路樹、公園樹、砂防・土止めに植栽、材は器具用等に用いられる。季語は夏である。
野草園でニリンソウが咲いています
ニリンソウは以前、秩父の山の中で撮影したことがありますが、都内でニリンソウに出会えてビックリしました。

一本の茎から2輪ずつ花茎が伸びている

科属:キンポウゲ科イチリンソウ属
学名:Anemone flaccida F. Schmidt.
和名:ニリンソウ
ニリンソウ(Anemone flaccida)は、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。春山を代表する花のひとつ。
主に湿潤な山地の林床や周辺部に生育し、深く裂けた根生葉を持つ。3月~6月に、白い萼片を持つ花をつける。
多くは一本の茎から特徴的に2輪ずつ花茎が伸び、和名の由来となっている。根茎で増えるため、群落を作ることが多い。
根茎は「地烏(ジウ)」と呼ばれ、漢方薬として用いられる。また、若葉は山菜として食用とされるが、トリカブト(有毒)の若葉に似ていることから注意が必要。
水元公園の“日本サクラソウ”
標準和名はサクラソウ。街で通常見られる外来の園芸種サクラソウとは異なる。外来種を一般にはセイヨウサクラソウと呼んで区別しています。
山麓や河岸、湿地などに生える多年草であるが、愛好者層が武士中心であったので、明治維新前後には衰退の危機にも見舞われた。現在では環境省により準絶滅危惧(NT)(環境省レッドリスト)に掲載されている。

桜の花をそっくり小さくしたような可憐な花をつけ、野草とは思えないほど美しい。
江戸時代の中ごろから、荒川の原野に野生するサクラソウから本格的な栽培が始まり、種子まきを繰り返すうちに、白、桃、紅、紫、絞りなどの色変わりや、大小さまざまな花形の変わり品が生まれ、名称が付けられた。やがて江戸時代後半になると品種数も非常に増え、文化元年(1804年)から新花を持ち寄り品評することが始まった。
現在栽培される約300品種のうち、その半数が江戸時代から株分けで伝えられたものです。

展示場所
グリーンプラザ 約100種の鉢植えを展示中
プラザ裏 “水辺の野草園”地植え群生(原種多数)

グリーンプラザ温室前に展示

水辺の野草園

見ごろ
4月中旬~25日ごろまで
経緯
日本サクラソウ保存協会から寄贈を受けて公園ボランティアが維持管理してきたもの。
サクラソウ自生地
埼玉県さいたま市桜区の「田島ヶ原サクラソウ自生地」は国の特別天然記念物に指定されている貴重な群落である。荒川流域のこの一帯は、江戸時代からサクラソウの名勝地として人々に親しまれてきた。しかし、度重なる治水工事や工場の開発などによって、原野の植生が変わり、サクラソウの群落も範囲を狭められていった。この群落を守るため、大正9年(1920年)に天然記念物に、昭和25年(1950年)に特別天然記念物に指定された。この間にも第二次世界大戦による食糧不足の時代には周辺が開墾されたり、その後の高度経済成長期には、荒川河川敷の大規模な開発事業により、指定地の近くまで工場やゴルフ場、公園、道路などがつくられた。その結果、指定地の乾燥化を招き、著しく生育環境が悪化した。