水元公園の“日本サクラソウ”
日本サクラソウとは?
標準和名はサクラソウ。街で通常見られる外来の園芸種サクラソウとは異なる。外来種を一般にはセイヨウサクラソウと呼んで区別しています。
山麓や河岸、湿地などに生える多年草であるが、愛好者層が武士中心であったので、明治維新前後には衰退の危機にも見舞われた。現在では環境省により準絶滅危惧(NT)(環境省レッドリスト)に掲載されている。

桜の花をそっくり小さくしたような可憐な花をつけ、野草とは思えないほど美しい。
江戸時代の中ごろから、荒川の原野に野生するサクラソウから本格的な栽培が始まり、種子まきを繰り返すうちに、白、桃、紅、紫、絞りなどの色変わりや、大小さまざまな花形の変わり品が生まれ、名称が付けられた。やがて江戸時代後半になると品種数も非常に増え、文化元年(1804年)から新花を持ち寄り品評することが始まった。
現在栽培される約300品種のうち、その半数が江戸時代から株分けで伝えられたものです。

展示場所
グリーンプラザ 約100種の鉢植えを展示中
プラザ裏 “水辺の野草園”地植え群生(原種多数)

グリーンプラザ温室前に展示

水辺の野草園

見ごろ
4月中旬~25日ごろまで
標準和名はサクラソウ。街で通常見られる外来の園芸種サクラソウとは異なる。外来種を一般にはセイヨウサクラソウと呼んで区別しています。
山麓や河岸、湿地などに生える多年草であるが、愛好者層が武士中心であったので、明治維新前後には衰退の危機にも見舞われた。現在では環境省により準絶滅危惧(NT)(環境省レッドリスト)に掲載されている。

桜の花をそっくり小さくしたような可憐な花をつけ、野草とは思えないほど美しい。
江戸時代の中ごろから、荒川の原野に野生するサクラソウから本格的な栽培が始まり、種子まきを繰り返すうちに、白、桃、紅、紫、絞りなどの色変わりや、大小さまざまな花形の変わり品が生まれ、名称が付けられた。やがて江戸時代後半になると品種数も非常に増え、文化元年(1804年)から新花を持ち寄り品評することが始まった。
現在栽培される約300品種のうち、その半数が江戸時代から株分けで伝えられたものです。

展示場所
グリーンプラザ 約100種の鉢植えを展示中
プラザ裏 “水辺の野草園”地植え群生(原種多数)

グリーンプラザ温室前に展示

水辺の野草園

見ごろ
4月中旬~25日ごろまで
経緯
日本サクラソウ保存協会から寄贈を受けて公園ボランティアが維持管理してきたもの。
サクラソウ自生地
埼玉県さいたま市桜区の「田島ヶ原サクラソウ自生地」は国の特別天然記念物に指定されている貴重な群落である。荒川流域のこの一帯は、江戸時代からサクラソウの名勝地として人々に親しまれてきた。しかし、度重なる治水工事や工場の開発などによって、原野の植生が変わり、サクラソウの群落も範囲を狭められていった。この群落を守るため、大正9年(1920年)に天然記念物に、昭和25年(1950年)に特別天然記念物に指定された。この間にも第二次世界大戦による食糧不足の時代には周辺が開墾されたり、その後の高度経済成長期には、荒川河川敷の大規模な開発事業により、指定地の近くまで工場やゴルフ場、公園、道路などがつくられた。その結果、指定地の乾燥化を招き、著しく生育環境が悪化した。
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